「部下との距離が縮まらない」

「1on1をやっても、表面的な会話で終わってしまう」

多くのリーダーが抱えるこの悩み。解決策として「飲みに行こう」や「雑談を増やそう」と考えがちですが、それは非効率です。

なぜなら、ビジネスにおける信頼(Trust)とは、曖昧な感情ではなく、明確なロジックで構成された「数式」だからです。

プロフェッショナル・ファームの権威デビッド・マイスターは、著書『信頼のアドバイザー』の中で、信頼を構成する要素を数式化しました。

この方程式を理解せずに、ただ闇雲に話しかけるのは、ルールを知らずにパズルを解こうとするようなものです。

本記事では、1on1という場を使って、この「信頼の方程式」のスコアを戦略的に高め、部下との強固なラポール(架け橋)を築く技術を解説します。


第1章:マッキンゼー流「信頼の方程式」を解読する

まずは、信頼のメカニズムを因数分解しましょう。

マイスターが提唱した方程式は以下の通りです。

  • C(Credibility:専門性): 知識やスキルがあるか?(ロジック)
  • R(Reliability:信頼性): 約束を守るか?(言行一致)
  • I(Intimacy:親密さ): 感情を共有できるか?(人間味)
  • S(Self-Orientation:自己志向): 自分の利益を優先していないか?(利己心)

多くのリーダーが失敗する理由

日本の管理職の多くは、「C(知識)」と「R(約束)」は高いスコアを持っています。仕事ができるからです。

しかし、「I(親密さ)」が極端に低く、分母である「S(自己志向)」が極端に高い傾向にあります。

  • 「俺の若い頃は…(Sが高い)」
  • 「感情論はいいから数字の話をしろ(Iが低い)」

これでは、分子が小さく、分母が大きくなるため、合計の「信頼スコア」は限りなくゼロに近づきます。

1on1で狙うべきは、分子の「I(親密さ)」を上げ、分母の「S(自己志向)」を下げること。この2点に尽きます。


第2章:分子を上げる「自己開示」と「返報性の原理」

どうすれば「I(親密さ)」を高められるのでしょうか。

多くの人は「部下のプライベートを聞き出そう」とします。しかし、信頼関係がない状態でこれを行うと、それは対話ではなく「尋問」になります。

先に「弱み」を見せる(Vulnerability)

心理学の「返報性の原理」を利用します。人は「何かを与えられると、お返しをしたくなる」生き物です。

情報も同じです。「まず自分が腹を割る(自己開示)」ことでしか、相手の自己開示は引き出せません。

「実は、今回のプロジェクト、内心かなりプレッシャーを感じていてね。君はどう?」

「昔、こういう失敗をして落ち込んだことがあるんだ」

このように、上司が自身の「弱さ(Vulnerability)」を先出しします。

「完璧な上司」を演じるのをやめ、「人間味」を見せること。それが Intimacy(親密さ)の数値を跳ね上げます。


第3章:分母を下げる「アクティブ・リスニング」の再定義

次に、分母である「S(自己志向)」を下げる方法です。

Sが高い状態とは、「相手の話を聞きながら、自分が次に何を言うか考えている状態」を指します。

これを防ぐには、「理解するために聞く(Listen to understand)」モードへの切り替えが必要です。

「解決」を我慢する技術

部下が悩みを話し始めた時、食い気味に「それはこうすればいいよ」とアドバイスしていませんか?

それは「俺の答えを聞け」という、典型的な「自己志向(S)」の行動です。

信頼されるリーダーは、解決策が思い浮かんでも、それをグッと飲み込みます。

そして、こう言います。

「なるほど、君はそう感じているんだね。もっと詳しく教えてくれる?」

アドバイス(自分の出番)を封印し、ひたすら相手の感情と事実に焦点を当て続ける。

「自分のことはどうでもいい。今は君のことに関心がある」

この姿勢(Being)こそが、分母のSを最小化し、信頼スコアを最大化します。


第4章:接触頻度の魔法「ザイアンス効果」

最後に、数式にはない「時間軸」の要素です。

心理学者ロバート・ザイアンスは、「人は接触回数が多い相手に好意を持つ(単純接触効果)」ことを証明しました。

「月1回の60分」より「週1回の15分」

信頼構築において重要なのは、時間の「長さ」ではなく「頻度」です。

忙しいからといって1on1を月1回にまとめたり、頻繁にリスケしたりしていませんか?

間隔が空くと、情報の鮮度が落ち、毎回「最近どう?」というアイドリングトークから始めなければなりません。

週に1回、たった15分でもいいので、「必ず会う」というリズムを作ってください。

「何かあったら話す」ではなく「何もなくても話す」。この継続性が、ザイアンス効果を発動させ、心理的な壁を溶かしていきます。


結論:信頼は「投資」である

「信頼関係を築く」というと、何か道徳的でフワッとした話に聞こえるかもしれません。

しかし、マイスターの方程式が示す通り、それは極めて論理的な「行動の結果」です。

  • 自分の弱さを見せる(Iを上げる)。
  • アドバイスを我慢して聞く(Sを下げる)。
  • 頻繁に顔を合わせる(接触頻度)。

これらはすべて、明日から実行可能な「アクション」です。

信頼とは、待っていれば貯まるものではありません。あなたが自ら行動し、リスクを取って獲得しにいく「投資活動」なのです。

次の1on1では、PCを閉じ、アドバイスを捨て、まずは自分の失敗談から話してみてください。

その瞬間、信頼の方程式の数値が動き出し、部下の目の色が変わるはずです。

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