「君の意見を尊重するよ。で、君はどうしたいの?」

コーチング研修を受けたばかりの上司がよく使うこのフレーズ。 一見、部下の主体性を重んじる良い上司に見えます。しかし、これを言われた部下の多くは、内心こう叫んでいます。

「(正解が分からないから相談しているのに、試さないでくれ……!)」

経験やスキルのない部下に対し、更地から意見を求める行為は、尊重ではなく「ウィル・ハラスメント(意思の強要)」になり得ます。 それは、「夕飯なにがいい?」と聞いて、「なんでもいい」と答えると不機嫌になるパートナーと同じ理不尽さを孕んでいます。

「問い」は、相手のレベルに合わせて設計されなければなりません。 本記事では、ハーシーとブランチャードの「シチュエーショナル・リーダーシップ(SL理論)」をベースに、部下を潰さずに自律させるための「段階的な問いかけ」の技術を解説します。


第1章:「自由」は時として「暴力」になる

心理学者バリー・シュワルツは、著書『選択のパラドックス』において、「人は選択肢が多すぎると、自由を感じるどころか無力感に襲われる」と証明しました。

「真っ白なキャンバス」の恐怖

新入社員や、未経験の業務に取り組む部下にとって、「好きにやっていいよ」という指示は、真っ白なキャンバスを渡されるのと同じです。 彼らには「絵筆の使い方も分からない」状態なのです。

そこで「どうしたい?」と聞くことは、以下の2つのストレスを与えます。

  1. 正解当てゲームの強要: 「上司の頭の中にある正解を当てなければならない」というプレッシャー。
  2. 責任の転嫁: 失敗した時に「君がやりたいと言ったからだ」と言われるリスク。

これは育成ではなく、上司の「思考停止(丸投げ)」です。 自律を促すつもりが、逆に部下を萎縮させ、指示待ち人間を作ってしまうパラドックスがここにあります。


第2章:SL理論による「4つの対応スタイル」

では、いつ「どうしたい?」と聞くべきなのか。 ここで役立つのが、「SL理論(Situational Leadership Theory)」です。 部下の「成熟度(意欲×能力)」に応じて、リーダーシップのスタイルを4段階に変える必要があります。Situational Leadership Model Hersey Blanchardの画像

S1:教示的リーダーシップ(指示・命令)

  • 対象: 新人や未経験者(やる気はあるが、能力が低い)。
  • 対応: 「どうしたい?」は禁止。 「こうしなさい(How)」「これをやりなさい(What)」と具体的に指示する。ここでは「正解」を与えることが優しさです。

S2:説得的リーダーシップ(説明・コーチング)

  • 対象: 少し慣れてきたが、壁にぶつかっている状態。
  • 対応: こちらの考えを説明しつつ、「君はどう思う?」と感想を聞く。決定権はまだ渡さない。

S3:参加的リーダーシップ(支援・励まし)

  • 対象: 能力はあるが、自信がない、または意欲が不安定。
  • 対応: ここで初めて「どうしたい?」が有効になる。意思決定をサポートし、背中を押す。

S4:委任的リーダーシップ(委譲)

  • 対象: 能力も意欲も高いハイパフォーマー。
  • 対応: 「任せるよ」。プロセスへの関与を最小限にする。

あなたの部下が「S1(未熟)」の段階にいるのに、「S4(委任)」の対応をしていませんか? それはアクセルとブレーキを踏み間違えるような危険な行為です。


第3章:「限定的自律(Bounded Autonomy)」を与える

S1(新人)からS3(自律)へ移行する際、いきなり手を離すと事故が起きます。 必要なのは、「足場(スキャフォールディング)」を組んであげることです。 これを教育心理学では「限定的自律(Bounded Autonomy)」と呼びます。

選択肢で枠を作る

「どうしたい?」というオープン・クエスチョンではなく、「A案とB案、どっちがいいと思う?」というクローズド・クエスチョンから始めます。

  • レベル1: 「私はA案がいいと思うが、君はどう思う?」(意見の確認)
  • レベル2: 「A案とB案のメリットを比較してみて」(思考の補助)
  • レベル3: 「君ならどっちを選ぶ? 理由も教えて」(疑似決定)

このように、「選ぶ範囲」を限定(Bound)してあげることで、部下は「自分で選んだ」という自己決定感(自律性)を持ちつつ、迷子にならずに済みます。 「問い」の解像度を少しずつ荒くしていくこと。これが上司の腕の見せ所です。


第4章:上司が示すべき「ガードレール」

「どうしたい?」と聞く前に、上司が必ず提示しなければならないものがあります。 それは「制約条件(ガードレール)」です。

  1. 期限: 「いつまでに決める必要があるか」
  2. 予算: 「いくらまでなら使えるか」
  3. 品質: 「最低限クリアすべきラインはどこか」
  4. NG事項: 「これだけはやってはいけない(レッドライン)」

「このガードレールの内側なら、どんな走り方をしてもいいよ。さあ、どうしたい?」 これなら、部下は安心してハンドルを握れます。 条件も示さずに自由に走らせて、後から「そこは入っちゃダメだ」と叱る。これが最も信頼を失う「後出しジャンケン」です。


結論:自律とは「放置」の先にはない

「あなたはどうしたいの?」 この言葉は、使いどころを間違えれば凶器になりますが、適切なタイミング(S3〜S4)で使えば、部下の才能を開花させる魔法の言葉になります。

部下が答えに詰まっているなら、それは彼らの能力不足ではなく、あなたの「問いのレベル設定」が間違っているのです。

  • まだ泳げない部下を、いきなり大海原に突き落としていませんか?
  • まずはプールで、ビート板(選択肢)を渡してあげてください。

「自律」とは、放置された荒野から生まれるものではありません。 適切に設計された「支援」と「制約」という土壌の上でのみ、育つものなのです。

部下の現在地(S1〜S4)を見極め、今日かける言葉を選んでください。 「これをやって」と言うべきか、「どうしたい?」と聞くべきか。その使い分けこそが、リーダーシップです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です