「とりあえず週1回、30分話そうか」 そう言って始めた1on1ミーティングが、いつの間にか「進捗確認の場」になり、部下が沈黙し、上司だけが喋り続ける……。 そんな「死んだ1on1」が、多くの企業で量産されています。
Googleの「プロジェクト・アリストテレス」が証明した通り、チームの生産性を決める唯一無二の因子は「心理的安全性(Psychological Safety)」です。 そして、その土壌を作る最大のチャンスこそが、1on1という「個別の対話」です。
しかし、誤解しないでください。 心理的安全性とは、「みんな仲良しで、傷つかない(Comfort Zone)」ことではありません。 「無知やミスをさらけ出しても罰せられず、健全な対立(議論)ができる状態」のことです。
本記事では、1on1を「上司の管理ツール」から「部下の成長エンジン」へと変革させるための、科学的アプローチと具体的な質問スクリプトを解説します。
第1章:「ぬるま湯」と「学習ゾーン」の違い
ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授は、心理的安全性を2軸で整理しました。
- 無気力ゾーン(Apathy): 安全性も責任も低い。
- 不安ゾーン(Anxiety): 責任は重いが、安全性が低い(今の多くの日本企業)。
- 快適ゾーン(Comfort): 安全性は高いが、責任が低い(いわゆる「ぬるま湯」)。
- 学習ゾーン(Learning): 安全性が高く、責任も高い。
1on1のゴールは「学習ゾーン」への誘導
多くの1on1が失敗するのは、上司が「厳しく詰めすぎて不安ゾーンに落とす」か、「優しくしすぎて快適ゾーン(雑談)で終わる」からです。
目指すべきは「学習ゾーン」です。 「高い目標(責任)はあるが、失敗してもサポートが得られる(安全)」という状態を作ること。 そのためには、上司が「評価者(Judge)」の仮面を脱ぎ、「支援者(Supporter)」として振る舞う必要があります。
第2章:1on1の主役は「上司」ではない
1on1における最大の鉄則。それは「上司が話してはいけない」ということです。
シリコンバレーの格言に「1on1は部下のための時間である」という言葉があります。 業務の進捗確認(Reporting)は、メールや定例会議で済ませてください。1on1という高コストな時間を使ってやるべきことではありません。
黄金の比率は「2:8」
- 上司の話(2割): 質問、承認、フィードバック。
- 部下の話(8割): 悩み、キャリア、アイデア、モヤモヤ。
上司が気持ちよく喋って終わった1on1は、失敗です。 部下が「話し足りない」と感じるくらい、あなたは「聞き役」に徹してください。
第3章:本音を引き出す「キラー・クエスチョン」
では、沈黙しがちな部下の口をどう開かせるか。 「最近どう?」という抽象的な質問はNGです。具体的、かつ「答えやすい」問いを投げかけます。
1. 障害を取り除く質問
「今、君の仕事の邪魔をしているもの(ボトルネック)は何かな? 私が取り除ける障害はある?」
これは最強の質問です。「私のために動いてくれる」という姿勢を見せることで、信頼残高が一気に溜まります。
2. 未来に視点を向ける質問
「この1週間で、一番『学びになった』あるいは『手応えがあった』ことは何?」
失敗やミスの報告(過去の懺悔)ではなく、そこからの学び(未来の資産)にフォーカスさせることで、部下の思考をポジティブにします。
3. 関係性を深める質問
「私のサポートで、変えてほしいことや、やめてほしいことはある?」
これは勇気がいりますが、心理的安全性を爆上げします。 上司自らが「自分の弱さをさらけ出す(Vulnerability)」ことで、部下も「あ、ここでは本音を言ってもいいんだ」と確信するからです。
第4章:沈黙を恐れるな(アクティブ・リスニング)
部下が考え込んで黙ってしまった時、あなたはすぐに口を挟んでいませんか? それは「思考の妨害」です。
沈黙は「何も考えていない」のではありません。「脳内で深い内省が行われている」重要な時間です。 1on1における沈黙は、金(Gold)です。
「うなずき」と「オウム返し」
部下が話し始めたら、余計なアドバイスはいりません。 ただ目を見てうなずき、「なるほど、〇〇について悩んでいるんだね」と相手の言葉を繰り返す(バックトラッキング)。
これだけで、部下は「自分の存在が承認された(Acknowledgment)」と感じます。 解決策(Solution)を出すのは、部下が全てを吐き出し、スッキリした後で十分です。
第5章:1on1を「仕組み化」するルール
最後に、形骸化させないための運用ルールです。
- アジェンダは部下に作らせる:
- 何を話すかは部下が決めます。事前にチャットで「話したいトピック」を3つ挙げてもらいます。
- 絶対にキャンセルしない:
- 忙しいからとリスケを繰り返すと、「私は重要ではないんだ」というメッセージを送ることになります。時間は死守してください。
- PCを閉じる:
- メモは手書き推奨です。PCを開いていると、部下は「仕事をしているついでに聞いている」と感じます。「あなたに100%集中している」という姿勢(Being)を見せてください。
結論:1on1とは、組織のOSアップデートである
心理的安全性のある1on1とは、上司と部下がPCの同期(Sync)をするようなものです。
日々の業務でズレてしまった「認識」や「感情」のズレを修正し、お互いのOSを最新の状態にアップデートする。 そうすることで、チームは無駄な疑心暗鬼や忖度から解放され、本来のパフォーマンスを発揮できるようになります。
まずは次回の1on1で、PCを閉じ、部下の目を見て、こう聞いてみてください。 「私が力になれることは、何かある?」
その一言から、あなたのチームの空気は変わり始めます。

