「MECE(漏れなくダブりなく)に考えろ」 「ファクトベースで語れ」 「結論から話せ」
これら「コンサル思考(ロジカルシンキング)」は、ビジネスにおける共通言語(OS)として広く普及しました。確かに、複雑な問題を解きほぐす上で、これほど強力な武器はありません。
しかし、近年、この武器が「自分や組織を傷つける凶器」になっているケースが多発しています。
「ロジックは完璧な事業計画なのに、誰もワクワクしない」 「正論で部下を論破したら、翌日に辞表を出された」
なぜ、最も合理的であるはずのコンサル思考が、非合理な失敗を招くのでしょうか? それは、ビジネス(そして人間社会)が、必ずしも「論理」だけで記述できる世界ではないからです。
本記事では、ロジカルシンキングを否定するのではなく、その「限界(適用範囲)」を正しく理解し、論理を超えた次元で成果を出すための「思考の脱構築」を行います。
第1章:「地図」は「現地」ではない(抽象化の罠)
コンサル思考の最大の特徴は、複雑な現実をフレームワークに当てはめて単純化(モデル化)することです。 しかし、一般意味論の祖アルフレッド・コージブスキーが「地図は現地ではない(The map is not the territory)」と述べたように、どれほど精緻なロジックツリー(地図)を描いても、それは泥臭い現実(現地)そのものではありません。
「MECE」が殺すもの
例えば、「売上が下がった原因」をMECEに分解するとします。 「客数の減少」か「客単価の減少」か。さらに客数を「新規」と「リピーター」に分ける……。
この作業は、物事を整理する一方で、「分類できない曖昧な要素」を切り捨てています。 「なんとなく店員の元気がなくて、客が居心地悪そうにしている(雰囲気)」といった、数値化・言語化しにくい「暗黙知」は、ロジックツリーの隙間からこぼれ落ちます。
コンサル思考の弊害は、この「ロジックに乗らないものは存在しないものとして扱う」という傲慢さにあります。しかし、ビジネスの勝敗を分けるのは、往々にしてその「見えない空気」なのです。
第2章:ミンツバーグに学ぶ「経営の三角形」
マギル大学のヘンリー・ミンツバーグ教授は、優れた経営(マネジメント)には3つの要素のバランスが必要だと説きました。
- サイエンス(Science): 分析・論理・数値(コンサル思考)
- アート(Art): 直感・ビジョン・創造性
- クラフト(Craft): 経験・学習・実行力
「サイエンス」への偏重が組織を殺す
コンサル思考中毒の組織は、この三角形のうち「サイエンス」だけが肥大化しています。 MBAホルダーやコンサル出身者が会議室で精緻な計画(サイエンス)を作りますが、そこには「なぜそれをやるのか?」という情熱(アート)や、「現場でどう動くか?」という泥臭い手触り感(クラフト)が欠落しています。
結果、「正しいけれど、つまらない戦略」が生まれ、現場は白けて動かなくなります。 コンサル思考の落とし穴から抜け出すには、意識的に「アート(妄想する力)」と「クラフト(手を動かす力)」を取り戻す必要があります。
第3章:「問題解決」ではなく「センスメイキング」へ
コンサルタントは「問題解決(Problem Solving)」のプロですが、VUCAと呼ばれる不確実な時代においては、そもそも「何が問題なのか誰も分からない」という状況が増えています。
ここで必要になるのが、組織心理学者カール・ワイクが提唱した「センスメイキング(Sensemaking:腹落ち)」の理論です。
「正解」より「物語」
雪山で遭難した偵察隊が、一枚の地図を頼りに生還しました。しかし後で確認すると、その地図は「別の山の地図」だったという有名な逸話があります。 なぜ彼らは助かったのか? 正しい地図(正解)を持っていたからではありません。 「地図があるから大丈夫だ」という「納得感(センスメイキング)」がパニックを鎮め、隊員に行動を促し、結果的に道が開けたのです。
コンサル思考は「正解(Correctness)」を追求します。 しかし、リーダーに必要なのは「納得解(Validity)」です。 ロジックとして多少穴があっても、「俺たちはこれをやりたいんだ!」という熱量のある物語(ナラティブ)こそが、カオスな状況下で人を動かす唯一の原動力になります。
第4章:対人関係における「正論ハラスメント」
「コンサル思考」が最も毒になるのが、対人コミュニケーションの場面です。 部下が悩みを相談した時、瞬時に課題を分解し、「つまり原因はAで、解決策はBだね。なぜやらないの?」と返す。 これは「正論ハラスメント(ロジハラ)」です。
人は「正しさ」では動かない、「感情」で動く
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン(行動経済学)が証明したように、人間の意思決定は合理的ではありません。感情(システム1)が先にあり、論理(システム2)は後付けに過ぎません。
相手の感情(不安、共感してほしい欲求)を無視して、論理(解決策)を突き刺す行為は、外科手術で麻酔なしにメスを入れるようなものです。 どれほど手術(ロジック)が完璧でも、患者(部下)は痛みでショック死します。
まずは「共感」という麻酔を打つこと。 「それは大変だったね」と感情を受け止めること。 ロジックというナイフを抜くのは、その後で十分です。
結論:ロジックを「主人」にするな、「従者」にせよ
誤解しないでいただきたいのは、私は「コンサル思考を捨てろ」と言っているわけではありません。 ロジックは強力な「ツール(道具)」です。しかし、決して「マスター(主人)」にしてはいけません。
思考の順序を変えましょう。
- Before: ロジックで正解を出し、それに従って動く。
- After: 直感(アート)で「やりたい」と思い、経験(クラフト)で動き出し、最後にロジック(サイエンス)で説明をつけて周囲を説得する。
スティーブ・ジョブズも、孫正義も、優れた経営者はみな、この順序で動いています。彼らのロジックは、彼らの情熱を補強するための道具に過ぎません。
「頭がいい」と言われる人ほど、ロジックの檻(おり)に閉じ込められています。 たまには論理の整合性を無視して、「なんとなく面白そうだから」で動いてみませんか? その非合理な一歩の中にこそ、ロジックでは到達できないイノベーションの種が眠っています。


