「感情的な議論はやめよう」

「大人の対応をしよう」

日本の多くの企業では、感情を表に出すことは「未熟」とされ、理性と論理(ロジック)だけで組織を運営しようとします。

しかし、これこそがイノベーションを阻む最大の要因です。

なぜなら、「情熱」「直感」「信頼」といったビジネスの起爆剤は、すべて「感情」から生まれるからです。

感情を抑圧した組織は、表面上は静かで平和(偽の調和)ですが、水面下では不満が鬱積し、誰もリスクを取らなくなります。

組織開発において重要なのは、個人のEQ(心の知能指数)を高めることではありません。

チーム全体で感情を処理するOS、すなわち「集団的EQ(Group Emotional Intelligence)」をインストールすることです。

本記事では、ハーバード・ビジネス・レビューでも注目されたドゥルスカートの研究を基に、感情を「抑え込む」のではなく「活用する」ための組織設計論を解説します。


第1章:「個人のEQ」と「チームのEQ」は別物である

まず、陥りがちな誤解を正します。

「EQの高いメンバーを集めれば、EQの高いチームになる」

これは間違いです。

どれほど配慮ができる個人が集まっても、チームとしての「規範(Norms)」が間違っていれば、組織は腐敗します。

  • 個人のEQ: 自分の感情を理解し、他者に共感する力。
  • チームのEQ: メンバー間の「感情のルール」が共有され、信頼関係が構築されている状態。

「空気を読む」はEQではない

日本企業に多い「空気を読んで反対意見を言わない」状態は、集団的EQが高いとは言えません。むしろ最低です。

それは「同調圧力」による思考停止です。

真にEQが高いチームとは、お互いに気を使うチームではなく、「気を使わずに本音をぶつけ合い、それでも関係が壊れないと信じ合えている」チームのことです。


第2章:ドゥルスカートの「集団的EQ(GEI)」モデル

バネッサ・ドゥルスカートとスティーブン・ウルフは、集団的EQを構築するために必要な「3つのレベル」を提唱しました。

1. 個々のメンバーへの働きかけ(Individual)

チームメイトの感情を無視しないこと。

「Aさんが会議で浮かない顔をしている」と気づいた時、スルーせずに「何か気になる点がある?」と声をかける。この「対人理解」の蓄積が土台になります。

2. グループ全体への働きかけ(Group)

チーム全体の「ムード」を自己認識し、調整すること。

「最近、みんな疲れていて議論が批判的になっているな」と気づき、「今日は早めに切り上げてリフレッシュしよう」と提案する。

組織の感情をメタ認知し、「自己調整」する機能です。

3. 外部への働きかけ(Cross-Boundary)

チーム外(他部署や経営層)との感情的なパイプを作ること。

自分たちのチームだけでなく、組織全体の文脈や感情を理解し、政治的な孤立を防ぐ力です。


第3章:組織文化を規定する「感情の規範(Norms)」

では、どうすれば集団的EQを高められるのでしょうか。

精神論ではなく、明文化された「規範(ルール)」として導入するのがマッキンゼー流です。

ルール1:コンフリクト(対立)を歓迎する

「意見の対立」と「感情の対立」を切り分けます。

「あなたの案には反対だ」と言うことは、人格否定ではありません。

「会議中は激しくやり合うが、終わったらノーサイド」という規範をリーダーが率先して示してください。

ルール2:ネガティブな感情を「情報」として扱う

「不安だ」「腹が立つ」といった言葉を禁句にせず、重要なデータとして扱います。

「なぜ不安なのか?」を掘り下げれば、隠れたリスクが見つかります。

「なぜ腹が立つのか?」を掘り下げれば、プロセスの欠陥が見つかります。

感情を「炭鉱のカナリア(警報装置)」として活用するのです。

ルール3:チェックインの儀式

会議の冒頭3分を使って、「今の気持ち(チェックイン)」を共有します。

「子供が熱を出して心配です」「プロジェクトが佳境で焦っています」

これを共有するだけで、メンバーは「Aさんが不機嫌なのは、私のせいではなく家庭の事情なんだ」と理解し、無駄な疑心暗鬼(認知的コスト)が消滅します。


第4章:リーダーの役割は「感情の演出家」

集団的EQの高い組織を作るために、リーダーは何をすべきか。

それは、常に「希望」と「意味」を供給し続けることです。

困難な状況(トラブルや失敗)において、チームは恐怖や無力感に襲われます。

その時、リーダーまで一緒にパニックになってはいけません。

感情の伝染(Emotional Contagion)を利用する

脳科学的に、感情はウイルスのように伝染します。特にリーダーの感情は、部下に数倍の強度で伝わります。

リーダーは、どんな時でも「楽観性」というワクチンを打つ必要があります。

「大変な状況だが、これは成長のチャンスだ」

「我々なら必ず乗り越えられる」

根拠がなくても構いません。リーダーが前を向く姿勢(Body Language)を見せるだけで、チームの扁桃体(恐怖中枢)は鎮まり、前頭葉(思考中枢)が再起動します。

これを「レゾナンス(共鳴)リーダーシップ」と呼びます。


結論:感情は「邪魔もの」ではなく「最強の資源」だ

「ビジネスに感情を持ち込むな」

この古い格言は、これからの時代、こう書き換えられるべきです。

「ビジネスだからこそ、感情というエネルギーを使い倒せ」

ロジック(論理)は、正しい方向を示す羅針盤にはなりますが、エンジン(推進力)にはなりません。

人を動かし、組織を動かし、イノベーションを起こすのは、いつだって「悔しさ」「喜び」「驚き」といったエモーションです。

あなたの組織は、感情を殺す「冷凍庫」になっていませんか?

それとも、感情が熱源となってタービンを回す「発電所」になっていますか?

集団的EQというインフラを整え、組織文化に「血」を通わせてください。

論理的に正しいだけの組織には勝てない、熱狂的な強さがそこに生まれるはずです。

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