はじめに
「若手の頃はあんなに輝いていたのに、最近は保守的になってしまった」 「新しい施策を提案しても、現場の課長クラスが一番抵抗する」
経営者や人事責任者から、このような嘆きをよく耳にします。組織の屋台骨であるはずの「中堅社員(ミドルマネジメント層)」が、いつの間にか組織変革のボトルネックになってしまっている現象です。
彼らはやる気を失ったのでしょうか? いいえ、違います。 皮肉なことに、彼らが過去に優秀であったからこそ、成長が止まってしまったのです。
本記事では、中堅社員が陥る「コンピテンシー・トラップ(有能さの罠)」のメカニズムを解き明かし、組織心理学の「成長マインドセット」を用いて、停滞した中核層を再び成長軌道に乗せるための構造的アプローチを提言します。
なぜ「優秀だった人」ほど、変化を拒むのか?
若手時代に成果を上げ、昇進した中堅社員は、自分なりの「勝ちパターン(成功の方程式)」を持っています。しかし、環境変化が激しい現代において、その勝ちパターンはすぐに陳腐化します。
ここで2つのマインドセットの分岐が訪れます。
- 成長マインドセット(Growth Mindset)
- 「自分のやり方はもう古いかもしれない。新しい方法を学ぼう」と考える。
- 失敗を「データの取得」と捉えるため、試行回数が増える。
- 硬直マインドセット(Fixed Mindset)
- 「今までこのやり方で成功してきた。失敗して評価を下げるわけにはいかない」と考える。
- 過去の成功体験に固執し、新しい挑戦(=失敗のリスク)を避ける。
「有能さの罠」の正体
中堅社員が硬直マインドセットに陥りやすいのは、彼らが「無能だから」ではなく、むしろ**「特定の領域で有能になりすぎてしまったから」です。これを経営学では「コンピテンシー・トラップ」**と呼びます。
今のやり方でそこそこの成果が出せているため、あえて不慣れな新しいスキル(DX、新しいマネジメント手法など)を習得するコストを払いたくないという合理的な判断が、彼らの成長を止めているのです。
組織の中核を「再起動」させる3つの構造改革
個人の意識改革だけでは、この罠からは抜け出せません。組織のシステムとして「アンラーニング(学習棄却)」を促す必要があります。
1. 「過去の遺産」を否定する儀式(アンラーニング)
新しいことを学ぶ(リスキリング)前に、古い成功体験を手放す(アンラーニング)プロセスが不可欠です。
具体的なアクション:
- 「やめる業務」の棚卸し: 中堅社員に「今の業務で、時代に合わなくなっているものは何か?」をリストアップさせ、それを廃止することを称賛します。
- 役割の流動化: あえて「専門外」のプロジェクトにアサインし、意図的に「初心者」に戻る経験をさせます。「過去の勝ちパターンが通用しない環境」こそが、脳を成長モードに切り替える唯一のスイッチです。
2. 管理職にも「心理的安全性」を与える
「部下に示しがつかない」「失敗したら恥ずかしい」というプライドが、中堅社員の挑戦を阻みます。彼らにも「失敗する権利」を保証する必要があります。
具体的なアクション:
- 評価制度の分離: 「既存事業の必達目標(Performance)」と「新規スキルの習得目標(Growth)」を明確に分け、後者については結果ではなくプロセス(学習行動)のみを評価します。
- リーダーの失敗共有会: 役員や部長クラスが、自身の最近の失敗談や、今勉強している(苦戦している)ことを公然と話す場を設けます。
3. 「ティーチング」から「相互学習」への転換
中堅社員は「若手に教える立場」だと思い込んでいますが、デジタル領域などにおいては若手の方が詳しいことも多々あります。
具体的なアクション:
- リバースメンタリング: 若手社員がメンターとなり、中堅社員に最新トレンドやツールを教える制度を導入します。
- 効果: 中堅社員は「教わる立場」になることで素直さを取り戻し、組織全体の風通しも劇的に改善します。
現場への実装:1on1で投げかけるべき「キラークエスチョン」
明日からの1on1ミーティングで、停滞気味の中堅社員に対して、以下の質問を投げかけてみてください。
「今の仕事のやり方で、3年後も通用すると思うものはどれくらいある?」 「もし、今の知識ゼロで新入社員として入社したとしたら、まず何を勉強する?」
これらの問いは、彼らを縛っている「過去の成功」を相対化し、未来に向けた学習意欲を刺激します。
結論:中堅社員の成長こそが、最強の組織戦略である
中堅社員が変われば、その部下である若手も変わり、組織全体に波及します。 彼らを「扱いづらいベテラン」として放置するのか、それとも「変革のリーダー」として再定義するのか。それは経営陣の「仕組みづくり」にかかっています。


