「エンゲージメントを高めるために、1on1で部下の話を聞きましょう」
よくあるアドバイスですが、これだけでは不十分です。
上司がどれだけ優しく話を聞いても(傾聴)、部下が「この仕事に何の意味があるのか?」と絶望していたり、「忙しすぎてパンク寸前」であれば、エンゲージメントなど生まれるはずがないからです。
エンゲージメント研究の父、ボストン大学のウィリアム・カーン教授は、エンゲージメントを「組織のメンバーが、仕事上の役割において自分自身をフルに表現し、没頭している状態」と定義しました。
そして、その状態を作るには、精神論ではなく「3つの心理的条件」が揃わなければならないと断言しています。
本記事では、1on1を「ガス抜きの場」から、この3つの条件を戦略的に整える「コックピット(調整室)」へと進化させるための具体的なアプローチを解説します。
第1章:カーンが提唱する「エンゲージメントの3条件」
まず、エンゲージメントが発生するための必要条件を理解しましょう。カーンによれば、以下の3つが揃った時、人は初めて仕事に没頭できます。
- 意味(Meaningfulness): 「この仕事はやる価値がある」と感じられるか?(ROIの感覚)
- 安全性(Safety): 「失敗しても自分は脅かされない」と感じられるか?(リスクのなさ)
- 可用性(Availability): 「この仕事に割くエネルギー(体力・感情)が残っている」か?(リソースの有無)
1on1の目的は「3条件のチェック」
多くの1on1は「進捗確認」に終始していますが、それはメールで十分です。
1on1でやるべきは、この3つの条件のどこに「エラー(阻害要因)」が出ているかを診断し、取り除くことです。
- 「意味」を見失っていないか?
- 「安全性」が脅かされていないか?
- 「可用性(リソース)」は枯渇していないか?
これらを順に点検していくのが、正しい1on1の作法です。
第2章:診断1「意味(Meaningfulness)」の接続
モチベーションが低下している部下の多くは、日々のタスクに忙殺され、「何のためにこれをやっているのか」を見失っています。
いわゆる「レンガ積み」の状態です。
「Why」を接続する問い
1on1では、タスクの進み具合ではなく、タスクの「文脈」について話します。
「今やっている仕事の中で、一番『手応え』を感じているものはどれ?」
「逆に、一番『無駄だ』と感じている業務はある?」
無駄だと感じている業務があれば、その業務が最終的にどう顧客の役に立っているか(大聖堂の話)を語るか、あるいは思い切って廃止・削減を検討します。
「自分の仕事には価値がある」という確信こそが、エンゲージメントの燃料(ガソリン)です。
第3章:診断2「安全性(Safety)」の確保
次に、心理的安全性です。
これは「仲が良い」ことではなく、「ネガティブな情報を出しても罰せられない」という確信です。
「弱音」を評価する
部下が1on1で「順調です」としか言わない場合、安全性は危険水準です。
上司は、部下がリスクを取って発言したことを称賛しなければなりません。
「言い出しにくいバッドニュースを共有してくれてありがとう。おかげで早めに対処できるよ」
「問題を隠すこと」ではなく「問題を共有すること」が評価される。
このルールが確立されて初めて、部下は防御に使うエネルギーを、仕事への没頭(攻撃)へと振り向けることができます。
第4章:診断3「可用性(Availability)」の回復
最後に見落とされがちなのが、「可用性(リソース)」です。
どれほど仕事に意味を感じ、職場が安全でも、本人が心身ともに疲れ切っていたら(バーンアウト状態)、エンゲージメントは発揮できません。
「引き算」のマネジメント
可用性を阻害するのは、業務過多やプライベートの悩みです。
1on1では、業務を足す(アサインする)こと以上に、業務を引く(減らす)ことに意識を向けてください。
「今、君のメモリを一番食っている『気掛かり』は何?」
「来週に向けて、私が巻き取れるタスクはある?」
部下の脳内メモリ(ワーキングメモリ)の空き容量を確認し、強制的に空きを作る。
物理的なリソースを回復させることでしか、精神的な没頭は生まれません。
第5章:1on1シートの運用(フォーマット)
これらを実践するために、以下のようなシンプルなアジェンダを用意することをお勧めします。
| カテゴリ | 質問例(上司→部下) |
| 1. 意味 | 「最近、やりがいを感じた瞬間は?」「無意味に感じる作業は?」 |
| 2. 安全 | 「困っていること、言いづらいバッドニュースはある?」 |
| 3. 可用性 | 「体力・気力は十分?」「何かやめるべきタスクはある?」 |
| 4. 成長 | 「この1ヶ月で新しくできるようになったことは?」 |
毎回すべてを聞く必要はありませんが、この視点を持っておくことで、雑談や詰め会に陥るのを防げます。
結論:エンゲージメントは「精神論」ではなく「物理現象」だ
「もっと熱意を持て」「当事者意識を持て」
そう叫んでも、部下のエンゲージメントは上がりません。
それは、ガス欠の車に「もっと走れ」と叫ぶようなものです。
エンゲージメントとは、以下の数式で成り立つ物理現象です。

どれか一つでもゼロになれば、結果はゼロになります。
リーダーの役割は、部下を鼓舞することではなく、1on1を通じてこの3つの変数をモニタリングし、阻害要因を物理的に取り除くこと(エンジニアリング)です。
次回の1on1では、PCを閉じ、部下の目を見て、こう聞いてみてください。
「君が全力で走るために、邪魔になっているものは何かな?」
その障害物を取り除いた瞬間、部下は自ずと走り出すはずです。

