「何度言っても、部下が指示通りに動かない」 「手直しする時間が無駄だから、結局自分でやってしまう(プレイングマネージャーの罠)」
多くの管理職が、この「動かないチーム」に疲弊しています。そして真面目なリーダーほど、「私の伝え方が悪いのか」「もっとカリスマ性が必要なのか」と自分を責めたり、「最近の若手は主体性がない」と他責にしたりして、解決策を見失います。
しかし、行動科学の視点から見れば、人が動かない理由は極めてシンプルです。 「何をすればいいか分からない(能力・情報の欠如)」か、「やるメリットを感じない(動機の欠如)」かのどちらかです。
チームを動かすのに、スティーブ・ジョブズのようなカリスマ性は不要です。必要なのは、部下の脳内にある「動かないブレーキ」を外し、自然とアクセルを踏ませるための「行動デザイン(設計)」の技術だけです。 本記事では、精神論を一切排除した、ロジカルなチーム操縦術を解説します。
第1章:「指示」の解像度を上げる(完了条件の定義)
部下が動かない最大の原因は、上司の指示が「ポエム(詩)」のように曖昧だからです。 「いい感じに資料をまとめておいて」「なる早で頼む」 これでは、部下は「正解」を探すために膨大なエネルギーを浪費し、結局フリーズします。
動ける指示にするためには、スクラム開発などで使われる「完了の定義(Definition of Done)」を最初に合意する必要があります。
3つの「D」を握る
タスクを渡す際、以下の3点を言語化して伝えてください。
- Deliverable(成果物): 何が出てくればゴールか?(例:Excelの集計表か、パワポの提案書か)
- Deadline(期限): いつまでか?(例:「来週中」ではなく「火曜の15時まで」)
- Degree(品質レベル): どの程度か?(例:「完璧でなくていいから6割のドラフト」か「客先に出せる完成品」か)
特に重要なのが「品質レベル」です。ここがズレると、部下は無駄に時間をかけて完璧を目指そうとし、上司は「まだ出来ないのか」とイライラする悲劇が生まれます。 「今回はたたき台だから、30分以上かけないで」と「上限時間」を指定するのも有効なテクニックです。
第2章:「やる気」に頼らない動機づけのハック
「指示は明確なのに動かない」場合、問題はモチベーションにあります。 しかし、「頑張ろう!」と励ますのは下策です。人は言葉では動きません。「期待(Expectancy)」と「価値(Value)」で動きます(期待理論)。
「小さな階段」を作る(期待の醸成)
部下が動かないのは、「どうせ自分には無理だ(期待が低い)」と感じているからです。 いきなり「売上2倍」という高い目標を与えず、「まずは1日5件のアポ取りから」という、絶対に達成できるスモールステップを設定します。 「できた!」という達成感(自己効力感)こそが、次の行動への燃料になります。
「自分の仕事」だと錯覚させる(IKEA効果)
人は、他人に命令されたことには抵抗しますが、「自分が関わって決めたこと」には愛着を持ちます(IKEA効果)。 指示を出す際、全てを決めて渡すのではなく、「How(やり方)」の部分だけ空白にして渡します。
- × 命令: 「A社のリストに、このトークスクリプトで電話して」
- ○ 参画: 「A社を攻めたい。アプローチ方法は電話かメールか、君ならどっちが効果的だと思う?」
「自分で電話と決めた」という事実を作れば、部下は自らの決定を正解にするために主体的に動き出します。
第3章:相手によって「顔」を変える(SL理論)
「あのリーダーは人によって態度を変える」 これは悪口のように聞こえますが、マネジメントにおいては「最高の褒め言葉」です。 部下の熟練度に合わせて関わり方を変える「状況対応型リーダーシップ(SL理論)」こそが、チーム運営の正解だからです。
4つのフェーズと対応策
- 新人(指示型): 具体的に指示し、細かくチェックする。「任せる」のはNG(放置になるため)。
- 中堅(説得型): 指示はするが、こちらの意図を説明し、意見も聞く。
- エース手前(参加型): 意思決定を共有し、サポートに徹する。
- エース(委任型): 完全に任せる。「何かあったら出ていくから好きにやれ」と言う。
多くの管理職が失敗するのは、「新人に任せて放置する(事故る)」か、「エースに細かく指示する(やる気を削ぐ)」かです。 部下全員を平等に扱ってはいけません。一人ひとりのフェーズを見極め、カメレオンのようにリーダーシップのスタイルを使い分けることが、プロの管理職の条件です。
第4章:「アクション・トリガー」で先送りを防ぐ
会議で「じゃあ、これやっておいて」と決まったのに、1週間経っても手つかず。 この「先送り」を防ぐための心理テクニックが「アクション・トリガー(行動の引き金)」です。
人は「やる」と決めても、「いつ、どこで」を決めないと実行しません。 タスクをアサインしたその場で、部下にこう聞いてください。
「このタスク、今週の『いつ(日時)』、『どこ(場所)』でやる予定?」
「ええと、水曜の午前中、カフェで集中してやります」 ここまで言わせたら、部下のGoogleカレンダーにその予定を登録させます。 「いつやるか」を宣言させるだけで、実行率は2倍以上に跳ね上がることが研究で証明されています。気合に頼らず、スケジュールという「環境」に行動を埋め込ませるのです。
結論:マネージャーの最終ゴールは「不要になること」
ここまで様々なテクニックを紹介しましたが、これら全ての目的は一つです。 それは、あなたが「いなくても回るチーム」を作ることです。
「自分がいないと現場が回らない」と嘆くリーダーは、心のどこかでそれを誇りに思っていませんか? しかし、それは組織にとってはリスクでしかありません。
指示の解像度を上げ、小さな成功体験を積ませ、徐々に権限を委譲していく。 そうやって、あなたが徐々に「透明人間」になっていき、最終的にチームが自走して成果を上げている状態。これこそが、マネジメントという仕事の最高到達点です。
まずは明日、部下に振るタスクの「完了条件(3つのD)」を紙に書くことから始めてみてください。あなたのチームは、そこから動き出します。


