「うちは女性管理職も増やしたし、外国籍社員も採用した。ダイバーシティは進んでいる」

そう胸を張る経営者や人事担当者は少なくありません。しかし、その多様なメンバーが集まった会議室で起きていることは何でしょうか? もし、全員が空気を読んで沈黙し、最終的に「声の大きい人」の意見に賛同しているだけなら、それは多様性ではなく「カオス(混乱)」か、もっと悪いことに「グループシンク(集団浅慮)」です。

マッキンゼーやハーバード・ビジネス・レビューの研究が示す通り、単に属性(性別・国籍)を混ぜるだけではパフォーマンスは上がりません。 必要なのは、思考のクセや視点の違いである「認知的ダイバーシティ(Cognitive Diversity)」と、それを健全にぶつけ合う技術です。

本記事では、D&Iを「綺麗事」で終わらせず、ビジネスインパクトを生み出すための「摩擦の起こし方」について解説します。


なぜ「気の合うメンバー」だけの組織は脆いのか?

私たちは本能的に、自分と似た価値観を持つ人と一緒にいることを好みます(ホモフィリーバイアス)。阿吽の呼吸で仕事が進むため、一見すると効率的に見えます。

しかし、変化の激しい時代において、同質性は致命的なリスクとなります。 全員が同じ方向を見ている組織は、目の前の落とし穴に対しても「誰かが気づくだろう(誰も気づかない)」という死角を生むからです。

目指すべきは「人口統計学的」ではなく「認知的」多様性

  • 人口統計学的ダイバーシティ(表層): 性別、年齢、人種など。
  • 認知的ダイバーシティ(深層): 課題へのアプローチ方法、思考スタイル、専門領域の違い。

ある研究では、認知的ダイバーシティが高いチームは、そうでないチームに比べて問題解決能力が最大3倍高いという結果が出ています。 「違うこと」は、ストレスではなく「リソース(資源)」なのです。


健全な「喧嘩」をデザインする3つのステップ

多様な価値観(リソース)があっても、それを活かすパイプラインがなければ意味がありません。そのパイプラインとは、「建設的なコンフリクト(対立)」です。

1. 「タスク・コンフリクト」と「リレーション・コンフリクト」を区別する

対立には2種類あります。

  • ○ タスク・コンフリクト: 「この企画のターゲット設定は本当に正しいか?」という、コトに対する議論。
  • × リレーション・コンフリクト: 「あの人の言い方が気に入らない」という、ヒトに対する感情的な対立。

日本企業はリレーション・コンフリクトを恐れるあまり、タスク・コンフリクトまで回避してしまいます。 リーダーは「人格攻撃はNGだが、意見の対立は大歓迎である」というルールを明文化し、会議冒頭で宣言する必要があります。

2. 「悪魔の代弁者(Devil’s Advocate)」を指名する

「空気を読む」圧力を壊すための最も簡単な方法は、役割として「批判者」を作ることです。 会議の中で、持ち回りで「あえて反対意見を言う役」を指名します。

「〇〇さん、ここからは悪魔の代弁者として、このプランの欠点を3つ挙げてみて」 こう振られることで、発言者は「役割だから」という免罪符を得て、鋭い指摘ができるようになります。この指摘こそが、組織を盲点から救います。

3. 「心理的安全性」を誤解しない

心理的安全性とは「仲良くすること」ではありません。「対人リスクを取っても罰せられない状態」のことです。

「あなたの意見は私の意見と全く違う。だからこそ、聞く価値がある」 リーダーがこう発言し、異論が出た瞬間に「鋭い指摘だね!」と称賛する。この繰り返しだけが、メンバーの脳内にある「違うことを言う恐怖」を払拭できます。


結論:摩擦熱こそが、イノベーションのエネルギー源

「多様性を受け入れよう」というスローガンは心地よいですが、実践は泥臭く、痛みを伴います。 異なる価値観がぶつかれば、当然ストレスは発生します。しかし、その「摩擦熱」こそが、新しいアイデアを溶接し、イノベーションを生み出す唯一のエネルギー源なのです。

あなたのチームは、静かで平和な「衰退」を選びますか? それとも、騒がしく意見が飛び交う「進化」を選びますか?

違いを「ノイズ」として排除せず、「シグナル」として増幅させるマネジメントへ。今こそ舵を切る時です。

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