「最近の若手は、褒めないと動かない」 そう嘆いて、無理やり「すごいね!」「さすがだね!」とお世辞を連発しているマネージャーを見かけます。しかし、その言葉を受け取った部下の目は、どこか冷めていないでしょうか?
実は、心理学やコーチングの世界において、安易な「褒め言葉」は、むしろ信頼関係を破壊する劇薬になり得ることが知られています。
なぜなら、「褒める」という行為には、「能力のある者(上)が、能力のない者(下)を評価し、コントロールする」という無意識の上下関係(マウンティング)が含まれているからです。 褒められ慣れた部下は、「褒められること」が目的化し、上司が見ていないところでは手を抜く「承認中毒」に陥ります。
本記事では、「褒める」というマネジメントの麻薬を断ち切り、部下が自らの意志で走り出すための「承認(Acknowledgment)」の技術について解説します。
第1章:「褒める」ことは、なぜ危険なのか?(アドラー心理学の視点)
アドラー心理学では、「褒めること」も「叱ること」も否定します。どちらも「縦の関係(上下関係)」に基づく、他者操縦の手段だからです。
「評価」される不快感
想像してみてください。あなたが上司に書類を出した時、「よく出来たね、偉いぞ」と言われたらどう感じますか? 嬉しいというより、「子供扱いされた」「何様だ」とカチンとくるのではないでしょうか。 これは、相手があなたを対等なパートナーとして見ておらず、「採点者」の立場からジャッジしていることを直感的に感じるからです。
承認依存症(Approval Addiction)
また、「褒めて伸ばす」を続けると、部下は「褒められないと不安」になります。 「部長、これどうですか?(褒めてくれますよね?)」と常に顔色を伺い、自分の頭で考えることをやめてしまいます。 これでは、いつまで経っても自律したプロフェッショナルは育ちません。
リーダーが目指すべきは、「褒めて動かす」ことではなく、「横の関係(対等な信頼)」を築き、内発的な動機づけを支援することです。
第2章:Youメッセージから「Iメッセージ」へ
では、どうすれば「上から目線」にならずに、ポジティブなフィードバックを伝えられるのでしょうか。 その鍵は、主語の転換にあります。
- Youメッセージ(評価): 「(あなたは)すごいね」「(あなたは)優秀だね」
- → 相手を主語にして、能力をジャッジしている。
- Iメッセージ(感想・感謝): 「(私は)助かったよ」「(私は)嬉しいよ」
- → 自分を主語にして、主観的な事実や感謝を伝えている。
「感謝」は対等な行為
「ありがとう」「助かった」という言葉には、上下関係がありません。 部下が求めているのは、「優秀だ」という評価ラベルではなく、「自分の仕事が誰かの役に立った」という貢献感(Contribution)です。 「すごいね」と言うのをやめて、「君が資料をまとめてくれたおかげで、会議がスムーズに進んで私は本当に助かった」と言い換えてみてください。これこそが、心に響く「承認」です。
第3章:承認(Acknowledgment)の3つのレベル
「承認」には深さがあります。成果が出た時だけ声をかけるのは、最も浅いレベルです。成果が出ない時でも、部下の心を支える承認技術があります。
Level 1: 結果承認(Result)
「売上目標達成、おめでとう」 目に見える成果を認めること。重要ですが、これだけでは「成果が出ない自分には価値がない」という恐怖を生みます。
Level 2: 行動承認(Process)
「毎日遅くまで粘り強くテレアポをしていたね」 結果はどうあれ、そこに至るプロセスや努力の事実を認めます。「見ていてくれたんだ」という安心感を与えます。
Level 3: 存在承認(Existence)
「おはよう」「元気?」「いてくれてありがとう」 成果も行動も関係なく、「あなたがそこにいること」自体を認める行為です。 挨拶をする、名前を呼ぶ、目を見て話す。 これらは「あなたの存在を大切に思っている」という強烈なメッセージです。心理的安全性の土台は、この「存在承認」によって作られます。
第4章:ダメ出しの「サンドイッチ話法」はもう古い
よくあるテクニックとして、「褒めて、叱って、また褒める(サンドイッチ話法)」が推奨されますが、これは現代では逆効果です。
部下はバカではありません。「最初と最後に褒めているのは、真ん中の説教を聞かせるためのカモフラージュだ」と見抜いています。 結果、「褒め言葉」が「説教の前触れ」という不快なシグナルになり、褒めれば褒めるほど身構えられるようになります。
「ラディカル・キャンダー(徹底的な率直さ)」を目指せ
GoogleやAppleで実践されている「ラディカル・キャンダー(Radical Candor)」という概念があります。 小手先のテクニックでオブラートに包むのではなく、「個人的に関心を持ち(Care Personally)」ながら、「直接的に挑戦する(Challenge Directly)」ことです。
「君の成長を心から期待している(Care)。だから正直に言うけれど、今回の資料の論理構成は甘いと思う(Challenge)。一緒に見直そう」
信頼関係(Care)さえあれば、厳しいフィードバック(Challenge)は「攻撃」ではなく「ギフト」として受け取られます。 変に褒めて誤魔化す必要はありません。愛を持って、率直に事実を伝えてください。
結論:リーダーの仕事は「ジャッジ」ではなく「勇気づけ」
「褒める」と「伝える(承認する)」の違い。 それは、相手を「操作対象」として見ているか、「ひとりの人間」として尊重しているかの違いです。
部下が失敗した時、評価者として「ダメじゃないか」と減点するのではなく、 パートナーとして「この失敗から何を学ぼうか? 私はどうサポートすればいい?」と問いかける。 アドラー心理学では、これを「勇気づけ(Encouragement)」と呼びます。
今日から、部下を評価する赤ペンを置いてください。 その代わりに、「ありがとう」「助かった」「見ているよ」という言葉の花束を贈ってください。 その瞬間、あなたのチームは「管理された集団」から「信頼で結ばれた組織」へと変わり始めます。


