「あの人は、経験豊富だ」 ビジネスシーンでよく聞く言葉ですが、ここには大きな落とし穴があります。
ある人は10年の経験を通じて、10年分の進化を遂げ、経営幹部になります。 しかし、ある人は「入社1年目のレベルの仕事を、ただ10回繰り返しただけ」で、全く成長していません。
両者の違いは、IQでも学歴でもありません。 「経験(Raw Data)」を「知恵(Wisdom)」に変換する回路を持っているかどうかです。
「習うより慣れろ」という言葉は、半分正解で半分間違いです。 慣れるだけでは、思考停止した作業員になるだけです。 本記事では、デービッド・コルブの「経験学習モデル」をベースに、日々の業務から搾り取る「学びの果汁」を最大化し、圧倒的なスピードで成長するための思考アルゴリズムを解説します。
第1章:成長のエンジン「コルブの4段階サイクル」
組織行動学者のデービッド・コルブは、人が経験から学ぶプロセスを以下の4段階のサイクルで定義しました。
- 具体的経験(Concrete Experience): 何かをやる(Do)。
- 内省的観察(Reflective Observation): 振り返る(Look Back)。
- 抽象的概念化(Abstract Conceptualization): 法則を見つける(Think)。
- 能動的実験(Active Experimentation): 試してみる(Try)。
多くの人は「半分」で止まっている
成長しない人の最大の特徴は、「1(経験)」と「2(内省)」だけで終わっていることです。 「今日はクレームを受けて大変だったな(経験)。次は気をつけよう(内省)」
これでは、ただの感想文です。 重要なのは、次の「3(概念化)」と「4(実験)」に踏み込めるかどうか。ここが凡人と一流の分水嶺(クリティカル・ポイント)です。
第2章:最大の難関「抽象的概念化」を攻略せよ
経験学習において最も重要で、かつ最も難しいのが「抽象的概念化(Concept)」です。 これは、個別の事象から、「他の場面でも使える普遍的なルール(法則)」を抜き出す作業です。
「具体」から「抽象」へのジャンプ
先ほどのクレームの例で考えてみましょう。
- レベル1(事実): 「A社へのメール誤送信で怒られた。次から宛先を指差し確認しよう」
- → これでは、メール送信以外に応用が効きません。
- レベル2(概念化): 「なぜ誤送信した? 焦っていたからだ。人間は『マルチタスク』の時にミスをする生き物だ(法則化)。 だから、重要な作業をする時は、あえてチャットをオフにしてシングルタスクにする時間を設けよう」
このように「A社での失敗」を「人間の認知特性の法則」へと昇華させること。 これができれば、メール送信だけでなく、見積もり作成や会議資料作りなど、あらゆる業務の品質が向上します。 「1を聞いて10を知る」とは、この抽象化能力のことなのです。
第3章:経験を資産に変える「YWT」フレームワーク
では、日々の業務でどうやってこのサイクルを回せばいいのでしょうか。 おすすめなのが、日本能率協会コンサルティングが提唱した振り返りの手法「YWT」です。これを週末に15分やるだけで、成長速度が変わります。
Y(やったこと):事実
まず、今週の「具体的経験」を書き出します。
- 「プレゼン資料を作った」
- 「上司にダメ出しされた」
W(わかったこと):概念化
ここが勝負です。事実から得られた「教訓・法則」を書き出します。
- 「上司はデザインよりも『数字の根拠』を重視するタイプだ」
- 「午前中より、夕方の方が集中力が落ちてミスが増える」
T(次やること):実験
教訓を活かして、来週試す「新しいアクション」を決めます。
- 「次の提案では、最初に数字のサマリーを見せる」
- 「重要なタスクは午前中に終わらせる」
このYWTを回し続けることは、自分だけの「攻略本(ナレッジベース)」を書き続ける作業です。 1年後、何も記録していない人と、50回分の「実験データ」を持っているあなた。その実力差は歴然です。
第4章:マネージャーは「答え」ではなく「問い」を与えよ
あなたが上司の立場で、部下を成長させたいなら、ティーチング(答えを教える)をしてはいけません。 それは部下の「経験学習サイクル」を奪う行為だからです。
部下が失敗した時、「だから言っただろう、こうすればいいんだ」と言いたくなるのをグッとこらえ、以下の問いを投げかけてください。
- 「何が起きた?(事実)」
- 「そこから何を学んだ?(概念化)」
- ※ここで「不注意でした」という精神論が返ってきたら、「不注意が起きる『構造的な原因』は何だと思う?」と深掘りさせてください。
- 「次はどう変えてみる?(実験)」
上司の役割は、部下の「抽象化の壁打ち相手」になることです。 部下の脳に汗をかかせて、彼ら自身に「法則」を発見させる。それが、自走する人材を育てる唯一の方法です。
結論:経験の「消費者」になるな、「投資家」になれ
「忙しくて振り返る時間がない」 これは、最も非効率な言い訳です。
振り返りをしないまま働き続けるのは、穴の空いたバケツで水を汲み続けるようなものです。 どれだけ長時間働いても(水を汲んでも)、経験はすべて流れ落ちていき、あなたの手元には「疲労」しか残りません。
経験をただ消費してはいけません。 経験という「原石」を、内省と概念化によって磨き上げ、「スキル」という宝石に変える。 あなたは、自分の時間の「賢い投資家」であるべきです。
今日の仕事が終わり、PCを閉じる前の5分間。 「今日、私は何を得たか?(What did I learn?)」 その問いが、あなたの明日を劇的に変える第一歩になります。

