はじめに──感情は「抑える」ほど漏れ出す
マネージャーという立場になると、日々さまざまなプレッシャーにさらされます。
数字の未達、部下の離職、上層部との板挟み──。
そんな中で「感情を抑えよう」とすればするほど、皮肉にもそれは表情や態度の端々ににじみ出ます。
心理学ではこれを“感情リーク(emotional leakage)”と呼びます。
怒りを我慢した口調、焦りを隠そうとする早口、不安を悟られまいとする無理な笑顔。
感情を押し殺すほど、相手には“違和感”として伝わってしまうのです。
では、感情を抑えるのではなく、「整える」ために何ができるのか。
本稿では、EQ(感情知能)の観点から“負の感情”を職場に持ち込まないための心理戦略を紐解きます。
1. 「感情を否定しない」ことが第一歩
怒り・焦り・不安といった感情は、何かのサインです。
たとえば、怒りは「大切な価値が踏みにじられた」サイン。
焦りは「自分がまだ整っていない」サイン。
不安は「まだ見えていない未来への準備が必要」だというサイン。
感情を否定するのではなく、「これは何を教えてくれているんだろう?」と一瞬立ち止まる。
この思考の切り替えこそが、EQマネジメントの起点です。
2. 「キャッチ&リリース」で感情を流す
スポーツ選手が釣りをするときのように、感情も“キャッチ&リリース”が重要です。
つまり、
1️⃣ まずは感情をキャッチ(気づく)
2️⃣ そしてリリース(適切に手放す)
多くのマネージャーは「感じないようにする」ことに意識を向けすぎます。
しかしEQの高い上司は、まず自分の感情を明確に認識することから始めます。
「今、自分は焦っているな」「この怒りの裏には、期待があるな」
こうして感情を言語化することで、脳内の“扁桃体の過剰反応”が落ち着き、冷静さを取り戻せることが心理学的にも証明されています。
3. 感情の“連鎖”を断ち切る技術
職場では、上司の感情は想像以上に伝染します。
米国の研究では、リーダーの機嫌がチーム全体の生産性に直結するという結果が出ています。
怒りや焦りは、伝わった瞬間にチーム全体を「防衛モード」にしてしまう。
誰もがミスを恐れ、創造的な発言が消え、報連相が滞る。
この連鎖を断ち切るには、感情の出口を変えることです。
怒りを感じたら「まず深呼吸し、1分だけ何も判断しない」。
焦りを感じたら「状況を書き出して、可視化する」。
不安を感じたら「“いま自分にできる一歩”を決める」。
これらは単なるメンタルトレーニングではなく、EQを高める実践技術なのです。
4. 「整える」上司がチームにもたらすもの
感情を整えられる上司は、チームに“安心の空気”を作ります。
メンバーは「どんな状況でもこの人は冷静だ」と感じ、心理的安全性が高まります。
その結果、報告・相談が増え、チームの生産性も上がる。
一方で、感情を抑え込む上司は、表面上は冷静でも“近寄りがたい空気”をまといがちです。
その違いは、「沈黙が怖くない」かどうかに現れます。
整える上司は、沈黙を受け入れ、感情を観察できる余裕を持っている。
だからこそ、部下も安心して感情を出せるのです。
5. 感情を整えるための3つのマイクロリチュアル
最後に、EQリーダーが日常的に行っている“感情リセット習慣”を紹介します。
- ① 朝3分の内省時間を持つ
→「昨日、どんな感情が残っているか」を書き出す。 - ② 会議前に深呼吸を3回する
→感情のスイッチを“オフからニュートラル”に戻す。 - ③ 感情を人と共有する
→信頼できる同僚やメンターに「最近こう感じた」と話す。言語化は最強の整え術です。
まとめ──感情は、抑えるものではなく整えるもの
怒り、焦り、不安──これらはすべて人間らしい自然な反応です。
大切なのは、それを「見て見ぬふり」するのではなく、自分の中で扱える状態にしておくこと。
感情を抑える上司はチームを緊張させ、感情を整える上司はチームを安心させる。
その差が、マネジメントの成果を決定づけます。