はじめに
「顔色が悪いけど、大丈夫?」 「進捗遅れてるみたいだけど、大丈夫そう?」
優しさのつもりでかけたその一言が、実は部下を追い詰めているとしたらどうでしょうか。 多くのマネジメント現場において、「大丈夫?」という問いかけは、コミュニケーションを成立させた気になれる「魔法の言葉」であると同時に、真実を覆い隠す「呪いの言葉」でもあります。
なぜなら、上司から「大丈夫?」と聞かれて、「いいえ、無理です」と即答できる部下は、日本企業にはほとんど存在しないからです。
本記事では、この形骸化したコミュニケーションを打破し、メンタルヘルス不調やプロジェクトの遅延リスクを早期に発見するための、戦略的な「問いかけ(Inquiry)」の技術について解説します。
なぜ「大丈夫?」は機能しないのか?
心理学的に見ると、「大丈夫ですか?」という質問は「クローズド・クエスチョン(Yes/Noで答える質問)」に分類されます。さらに厄介なことに、ここには「社会的望ましさの反応(Social Desirability Bias)」が働きます。
ビジネスパーソンとして「能力がある」「自律している」と思われたい部下にとって、「大丈夫ではない(No)」と答えることは、自己否定に近いストレスを伴います。結果として、反射的に「あ、大丈夫です(Yes)」と答えてしまうのです。
リーダーがこの言葉を使う時、心のどこかで「『大丈夫』と言って安心させてくれ」と願っていないでしょうか? その無意識の圧力を、部下は敏感に感じ取っています。
「儀式」を「探索」に変える3つの代替フレーズ
では、部下の本音や疲労度を正確に把握するには、どう聞けばよいのでしょうか。 ポイントは、Yes/Noで逃げ道を塞ぐのではなく、「状態(Fact)」と「感情(Emotion)」を語らせるオープン・クエスチョンに変換することです。
1. 「大丈夫?」→「今、何が一番のボトルネック?」
全体像ではなく、「具体的な障害」に焦点を当てます。
- Before: 「来週の納期、大丈夫?」
- After: 「来週の納期に向けて、今一番懸念していることや、私のサポートが必要な箇所はどこ?」
こう聞かれれば、部下は「実は、A社の返答待ちで止まっています」と、具体的なリスク情報を報告しやすくなります。「弱音」ではなく「業務報告」として語らせるのがコツです。
2. 「元気?」→「最近、眠れてる?」
メンタルヘルスの不調は、まず「身体反応」に現れます。 「元気?」という抽象的な問いは「元気です」という社交辞令を生みますが、身体的な事実は嘘がつけません。
- 具体的な指標: 睡眠時間、食欲、週末の過ごし方
- 問いかけ例: 「最近、残業続きだけど、睡眠時間は確保できてる?」「土日はリフレッシュできた?」
ここで「実はあまり眠れてなくて…」という言葉が出たら、それは明確なSOSサイン(アラート)です。
3. 「わかった?」→「ここまでの認識にズレはない?」
指示を出した後、「わかった?(大丈夫?)」と聞くのは最悪手です。「わかりません」とは言えないからです。
- After: 「私の説明で分かりにくかった部分や、認識がズレていそうな所はあるかな?」
- Advanced: 「今の指示内容を、あなたの言葉で一度復唱してみてくれる?」
認識の齟齬(ギャップ)があることを前提に、それを「すり合わせる作業」として対話を行います。
「SOSが出せる組織」を作るリーダーの習慣
質問のスキル以上に重要なのが、リーダー自身の振る舞いです。 完璧なリーダーの下では、部下は弱みを見せられません。
自身の「弱さ(Vulnerability)」を開示する
「実は昨日、寝不足で頭が回らなくてね」 「このプロジェクト、正直ここが不安なんだ」
リーダーが先に「大丈夫ではない状態」をさらけ出すことで、初めて部下にも「実は私も…」と言う許可が下ります。これを「自己開示の返報性」と呼びます。
結論:マネジメントとは「違和感」を言語化すること
「大丈夫?」という言葉で会話を終わらせるのは、リーダーの思考停止です。 部下の表情、声のトーン、レスポンスの速度。そこに感じる「言語化できない違和感」を見逃さず、「何かいつもと違うね」と踏み込めるか。
今日から「大丈夫?」を禁止ワードにしてみませんか? その瞬間、あなたのチームの対話の質は、劇的に深まるはずです。


