「人材を『コスト』ではなく『資本』として捉え、投資する」
人的資本経営(Human Capital Management)の重要性が叫ばれて久しいですが、現場のリーダーからはこんな戸惑いの声も聞こえてきます。 「部下に投資しろと言われても、具体的に何をすればいいのか?」 「研修に行かせる以外に、現場でできることはあるのか?」
経営層が語る「投資」と、現場の「マネジメント」の間には大きな乖離があります。 この溝を埋める鍵となるのが、ポジティブ心理学で提唱されている「心理的資本(Psychological Capital:PsyCap)」という概念です。
本記事では、リーダーの役割を「業務管理者」から「心理的資産の投資家」へとアップデートし、チームのパフォーマンスを科学的に最大化するアプローチを解説します。
現場リーダーが管理すべき「第3の資本」とは?
これまでビジネスにおける「人の価値」は、主に以下の2つで測られてきました。
- 人的資本(Human Capital): 「何を知っているか」(スキル、知識、経験)
- 社会関係資本(Social Capital): 「誰を知っているか」(人脈、ネットワーク)
しかし、これらがあっても成果が出ないことがあります。そこで注目されているのが第3の資本、心理的資本(Psychological Capital)、すなわち「どのような心理状態にあるか」です。
どれほど優秀なスキル(人的資本)を持っていても、「どうせ失敗する」という心理状態(心理的資本の欠如)であれば、そのスキルは発動しません。リーダーが日々の関わりの中で増やせるのは、まさにこの「心理的資本」なのです。
心理的資本を構成する4つの要素「HERO」
フレッド・ルサンズ博士らの研究によると、心理的資本は以下の4要素で構成され、頭文字をとって「HERO(ヒーロー)」と呼ばれます。これらは性格ではなく「開発可能なスキル」です。
1. Hope(希望):目標への意志と経路
単なる願望ではなく、「目標を達成できる道筋(Waypower)」が見えている状態です。
- 投資アクション: 壮大なビジョンだけでなく、「まずはここから始めればいい」というスモールステップ(具体的な経路)を一緒に設計する。
2. Efficacy(自己効力感):自信と信頼
「自分ならできる」という確信です。
- 投資アクション: 成功体験を積ませるだけでなく、「代理体験(モデリング)」を提供する。自分と似たレベルの同僚が成功している事例を見せ、「君にもできる」と根拠を持って伝える。
3. Resilience(レジリエンス):回復力
逆境や失敗から立ち直る力です。
- 投資アクション: 失敗した部下に対し、「なぜ失敗した?」と詰めるのではなく、「この失敗から何という『資産(教訓)』が得られたか?」を問いかけ、失敗を資産計上する文化を作る。
4. Optimism(楽観性):ポジティブな帰属
「今回はたまたま運が悪かっただけ(次は大丈夫)」と、失敗を一過性のものとして捉える思考習慣です。
- 投資アクション: トラブル発生時に、リーダー自身が「まあ、死ぬわけじゃないし」と過度な悲観を断ち切る言葉を発する。
リーダーシップの転換:管理から「介入」へ
心理的資本を高めるために、特別な予算は必要ありません。必要なのは、リーダーの「言葉」と「関わり方」の変更(介入)です。
1on1を「資産確認の場」にする
多くの1on1は「業務進捗(To Do)の確認」に終始しています。これを「心理状態(To Be)のメンテナンス」に変えてください。
問いかけの例:
- 「今、少しでも『手詰まり感(Hopeの欠如)』を感じているタスクはある?」
- 「最近、『自分らしい仕事ができた(Efficacyの向上)』と感じた瞬間は?」
「フィードバック」を「フィードフォワード」に変える
終わったこと(過去)へのダメ出しではなく、未来に向けた解決策(未来)に焦点を当てます。 「なぜミスした?」ではなく、「次はどうすればうまくいくと思う?」と問うことで、部下の脳はHope(経路の探索)モードに切り替わります。
結論:組織のROIを決めるのは、現場の「空気」である
人的資本経営というと、リスキリングや研修制度ばかりが注目されがちです。 しかし、現場で働く社員の「心」が折れていれば、高額な研修も無駄になります。
リーダーであるあなたの仕事は、部下の心の中に「HERO」を育てることです。 「君ならできる(Efficacy)」「道はある(Hope)」「失敗しても大丈夫(Resilience)」「未来は明るい(Optimism)」
そう語りかけ続けることこそが、最もリターン(ROI)の高い投資活動なのです。

