はじめに

「優しくて、部下の意見をよく聞いてくれる」「人当たりが良くて、怒ることがほとんどない」。そんな「いい人」リーダーが、なぜかチームの空気を重くし、組織のパフォーマンスを下げてしまうケースがあります。部下に寄り添おうとする姿勢があるのに、なぜかチームが疲弊する——。その背景には、リーダー自身の“心理的スタイル”が深く関係しているのです。

「いい人」リーダーの心理的特徴

心理学的に見ると、「いい人」リーダーは“外的承認欲求”が強い傾向があります。これは、「相手にどう思われるか」に過度に注意を向ける心理傾向のことで、言い換えるなら「嫌われたくない」「対立したくない」といった気持ちが強く働いている状態です。

もちろん、協調性や思いやりはリーダーにとって重要な資質です。しかし、それが過剰になると、必要なフィードバックを避けたり、対立を回避するために曖昧な判断をしたりしてしまいます。結果として、組織内の“決まらない会議”や“誰も本音を言わない空気”が生まれてしまうのです。

「いい人」リーダーが引き起こす組織の“静かな疲弊”

「いい人」リーダーのもとでよく起こるのは、“対話があるようでない”という状態です。部下は遠慮し、上司は強く言えず、チームは建前だけのやりとりで進行していく。表面上は波風が立たないものの、実際には以下のような問題がじわじわと進行していきます。

  • メンバーが「これを言っても仕方ない」と感じ、提案や指摘が減る
  • 誤りや課題が放置され、トラブルの芽が見過ごされる
  • リーダーが責任を回避し、誰も意思決定しない構造になる

こうした“静かな疲弊”は、チーム全体の心理的安全性をむしろ低下させ、メンバーの主体性やモチベーションを損ないます。

「いい人」リーダーが陥る心理的ジレンマ

このようなリーダーの背景には、ある種の“認知の歪み”が存在することがあります。例えば、「部下に厳しくすると嫌われる」「指摘すると相手のやる気を削いでしまう」といった思い込みです。

これは、心理学でいう「過度な一般化」や「破局的思考」と呼ばれる認知の偏りに近いものであり、本来必要な指導や評価を行うことができなくなってしまいます。その結果、自分を守るために優しく振る舞い、誰からも責められないポジションを無意識に築いてしまうのです。

チームを疲弊させないための心理的リーダーシップ

では、どうすれば「いい人」リーダーが組織の成長を支える存在へと変わることができるのでしょうか。

まず重要なのは、「優しさ」と「誠実さ」を分けて考えることです。心理学者カール・ロジャースは「誠実であること(Congruence)」が人間関係において最も重要であると述べました。相手に好かれることよりも、自分の中の価値や正しさに基づいて行動することが、結果的に信頼を生むのです。

次に必要なのが、「対立」を避けない勇気です。組織心理学では、健全な対立(constructive conflict)がチームの創造性を高め、パフォーマンスを押し上げるとされています。建設的な対話の土壌を整えた上で、意見をぶつけ合うことが、むしろ安心感を生むのです。

そして、リーダー自身が「嫌われることへの恐れ」と向き合う必要があります。このためには、自分自身の承認欲求や不安に気づき、セルフコンパッション(自己への思いやり)を育むことが有効です。自分に厳しすぎるリーダーは、結果的に他者にも過剰に迎合してしまう傾向があるからです。

心理学的アプローチがもたらす変化

「いい人」から「誠実なリーダー」へのシフトは、決して性格を変えることではありません。自分の内面の声に耳を傾け、適切な感情表現と行動を身につけることで、リーダーとしての存在感が自然と育まれていきます。

たとえば、次のような変化が見られるようになります。

  • 「No」と言えるようになることで、チーム内のルールが明確になる
  • 適切なフィードバックによって、メンバーの成長が加速する
  • 自分の弱さや迷いも開示できるようになり、心理的安全性が高まる

こうしたリーダーの変化は、チーム全体に波及し、健全で創造的な組織文化の土台となります。

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